わるくないって思える人生を

退職、転職に失敗し非正規暮らし、そして私は鬱になった

ひとつのおわり

2018年秋。

急に、本当に急に朝起きるのが苦痛になった。

仕事行きたくないなぁ、だるいなぁ、とかそういう感じではない。

もっと根本的な、体を起こしたくない、という強い倦怠感。

頭では「早く起きなきゃ、仕事に行かなきゃ」と思っているのに、体が思うように動かない。

泣きながらやっとの思いでベッドから這い出て、それだけで満身創痍な体を叱咤しながら必死で涙を引っ込めて、最低限の化粧をしてなんとか家を出る。

そういう日が一ヶ月続いた。


二ヶ月目に入ると、それまであった「なんとかして仕事に行かなきゃ」という気力が尽き始めた。

あまり使っていなかった為たくさんあった有給を病欠を理由に少しずつ使用するようになった。

休んだ日は、何をする気力もわかず、食事は愚か飲み物を飲むことも一切せずに一日中ベッドの中から動かずに過ごした。

狭いワンルームで、体を起こして少し身を乗り出し腕を伸ばせばテーブルにあるペットボトルのお茶に手が届くのに、そのわずかな動作すら難しいほど、倦怠感と虚脱感に苛まれていた。


三ヶ月目に入っても体の異変が収まることは無く、むしろ悪化する一方だった。

眠ってしまうと起きられなくなる、という恐怖で眠らなくなった。

眠らずにずっと体を起こしたままで夜を明かし、普段なら30分で終わる支度に二時間かけ、なんとか仕事には行けたが、まともに働けるはずもなく、普通なら考えられないようなミスを連発するようになった。

他の部署に持っていくよう頼まれた書類をどこに置いたのか数分後には分からなくなり、手に持ったペンを延々と探し、ルーチンで毎日使っているソフトがどれだったかが急に分からなくなった。

毎日周りに迷惑ばかり掛けていて、それでまた自分が嫌になった。

既に散々だった私の勤怠だったが、派遣先は「本人が頑張りたいのなら、うちは応援したい」と契約を更新してくれた。


四ヶ月目。

とうとう全く仕事に行けなくなった。

2日に1度水分を取るだけで、あとはずっとベッドに転がったままで過ごした。

身長160センチで体重が65キロと少しぽっちゃり気味だったのだが、数日に一度しか食事をしていないこの数ヶ月で15キロ落ち、ガリガリになっていた。

応援したい、といって更新してくれた派遣先への申し訳なさと、働くどころか最低限の日常生活すら満足に出来なくなった自分に嫌気がさして、ベッドの中で常に死ぬことばかりを考えていた。


連続した休みが一週間を超えたところで、派遣元の担当コーディネーターと面談した。

文字通り死ぬ思いで身支度を整えて久々に外出をした。

そして、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない、と私から退職を申し出た。

先方は「次の更新時期まで在籍して貰って構わない」とまで言ってくれたが、私がいる限り次の派遣社員が入れられない。

もうまともに出社出来ない私は早く切って貰い、早く新しい派遣社員を入れることが出来るようにするのが、その時の私に出来る唯一の事だった。


派遣元のコーディネーターは、多分あなたは今心の病気になってます、今は治すことに専念してください、良くなったらいつでも連絡ください、またお仕事紹介します、と言ってくれたが、あれが本当のことだったのか、ただの社交辞令だったのかは分からない。

でも多分後者ではないかとは思う。

体調を崩し契約期間途中で退社するような人間をまた使おうと思う派遣会社は、そうそう無いと思うから。



こうして私は運良く巡り会えた恵まれた職場を失った。

はじまり

10年働いた会社が業績不振でブラック化し、ブラック化後も2年耐えたが最終的に退職。
ブラックで働き続けながらも死に物狂いで頑張った転職活動は遂に実を結ぶこと無く、30代で非正規雇用という選択をせざるを得なくなった。
 
元の会社で働き続けるという道もなかったわけではない。
でも、休みの日にも容赦無く呼び出され年間休日は50日に届かず、毎日深夜まで及ぶ残業で月の勤務時間が300時間に迫ることもあり、それでも一円も払われない休日出勤代や残業代。月給の4分の1以下まで削られるボーナス、有給は無く、たとえインフルエンザであっても急に休めばその分ペナルティとして減らされる給料。
そんな労働基準法が裸足で逃げ出すような環境で働き続けていては早晩心身共に壊れてしまうと思ったので、残るという選択は出来なかった。
 
派遣社員という不安定な非正規雇用だったが、土日はきっちりお休みで呼び出されることもなく、残業代はしたらしただけ払われる。半年働けば有給だって10日貰える。
祝日が多い月には給料が減るしボーナスもないけど、それでも残業を全くしないと見なして算出した推定年収は前職を少し上回っていた。
正直、名ばかりの正社員だった前の会社よりも、数倍まともに思えた。
 
紹介され働くことになった派遣先は丸の内のオフィスビルにあるとある会社。
名前を知らない人なんていないような超大企業だった。
これまで働いていた小さくて小汚い職場とは似ても似つかない、設備の整った広々としたオフィスに感動した。
首から下げる入館証には企業の名前と自分の写真、名前が印刷されていて、決して私はここの社員ではないと分かっているが、それでもなんだか胸がときめいた。
 
職場環境も悪くなかった。
派遣先の社員の人達はみんな優しく、派遣社員だからと言って下に見たり馬鹿にするような人もいない。
飲み会は自由参加で、参加せずとも何も言われず、参加すれば派遣社員達はみんな無料。
いつもありがとうね、と言ってくれる素敵な人達だった。
同じ仕事にあたっている他の派遣社員の人達もみんないい人だった。
初めて触れるその会社独自のシステムに苦戦する私に、根気よく教えてくれた。
出来ることが増えればちゃんと信頼してくれ、仕事を任せてもくれた。
 
いい職場を引けたと思った。
これは今でも変わらない気持ちだ。
 
なのに、2年目にさしかかったところで、急に鬱になった。
 
仕事が辛いなんて思ったこともなかったし、労働環境だって前の会社に比べたら雲泥の差だった。
残業は無いわけでは無かったけどせいぜい月に10時間程度、しかもきっちり時間外手当が上乗せされた時給が払われる。
正社員、派遣社員の隔てなく仲がいい職場だったけど、過干渉だったり必要以上にベタベタとするような感じでは無く、一緒にランチすることもあったが基本的には皆各々好きな時に好きなように取っていた。
プライベートに踏み込んでくるような人もいない。
派遣社員という立場上仕事内容はルーチンが多かったが、一つ一つの作業に正確性が求められるものだったので、一定の緊張感は常にあってそれがやりがいでもあった。
 
充実した日々を送れているはずだった。
なのに私は鬱になった。